5月18日月曜日
具合が悪くなってきてからも、柚子は3頭で行くことを望んでいるような態度を取るので、一日3回の散歩は全て、一緒に行っていた。
最近朝は、半分くらい行ったところで、バギーから降ろして歩かせるので、かぼすと甘夏にはgreに先に連れて帰ってもらっている。
元来そうなのか?柚子のことでそういう風になってしまったのか?
甘夏を見ていると、だらだらと歩いている。
柚子の2回目の散歩は、ほとんど抱っこだが、家に近づく頃に歩きたいと言い出すので、かぼす、甘夏もそれに合わせて歩いてくれる。
3回目がひどい。
朝と同じ半分くらいまでは抱っこしているが、柚子自身の意思表示があると、その半分はほとんど歩くことになるので、倍以上の時間をかけ1/2くらいのスピードでのろのろと歩く。
これでは、育ち盛りの甘夏には、かなり悪い。
そう思い、今日から、少し太ってきてしまった甘夏のことを考え、2回目の散歩は、柚子だけ別にすることにした。
反省して、今日の昼間からのお散歩で取り戻そうと早足で散歩をしたが、怠け癖がついてしまったようで、きびきび歩かない。悪い癖がついてしまったようだ。
シーズンが終わったばかりだからなのか?やたらと臭いをかぎ回る。
今朝の朝刊の番組への批評で、南田洋子さんが老いと闘う様子を映像に出ることをやめてあげて欲しいというのと、病と闘う姿に感動したという両極の意見が寄せられていた。
女優であるということでのプライドを思えば、不本意であるかもしれないが、長門裕之さんの手厚い看護の様子は、もしかしたら同じ傷みを抱えている方たちには、救いになっているのかもしれないなどと思ったりしている。
同じような病や境遇である人たちはそのことを、共感できることで、楽になるとよく聞く。
病気の種類は数え切れないほどあるけれど、本当にその辛さを感じ、気持ちを理解してもらえるのは、同じ環境に置かれたものしかわからないことではないかと思う。
その映像は、同じ境遇に置かれた方々に、励みになるのではないか。
そうなることを考える人には、辛く感じるのか。
最近、病気を知ることはそんなに悪くないことなのかもしれないと思うことがある。
人によっては知らないで生涯を終えたいという人も多くいると思うが、病気と付き合うことはいつか来る人生のゴールに向かって、多くを考え、何かを得る時間が持てるということなのかもしれない。
それは、当人は勿論、関わりあう家族たちにも何かを与えてくれるのではないかと思っている。
言葉を話さない犬である柚子を見ているだけでも、日々思う。
こんなにも前向きに、お散歩で歩きたいの。みんなと一緒に行きたいの。
生きるためには食べないとと懸命に食べている。
そういう気持ちをつき動かす何かって何なのだろう。
それは、もしかしたら、私達と多くの時間を過ごしたいってことや、週末のお出かけのためだったりするのかもしれない。
そうやって、生きたいと思う願うは、病気を闘う力に変えてくれるのかもしれない。
克服して、これをやりたい。あれをやりたいと、最後まであきらめない気持ちは神様はきっと届いていて、時間を与えてくれるのもしれない。
  
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