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柚子の闘病日記・no40


5月31日日曜日曇り空。
 怪しい天気だった。
でも公園散歩へ連れていけば、柚子の何かが変わるんじゃあないかと思った。

gre も同じ気持ちだったに違いない。
朝食が終わって「どうする?」と聞いてきた。
移動の負担を考えて近くの代々木公園行きを提案したが、ドッグランに入れることも考えるとウチのコみんなが泥だらけになる。
代々木公園は土が多い公園だから、今日は違う場所にしようという。
そう違いはないかとも思ったが、駒沢公園に向かう。

今朝は雨があがっていたので、みんな一緒にお散歩へ行けた。
けれど、柚子は結局、オシッコをした以外、バギーを降りたいという意思表示はなかったし、降ろしても一歩たりとも前進しなかった。

駒沢公園の到着は10時を過ぎていた。
“ラーメンフェスティバル”と“障害者運動大会”が開催されていて駐車場は貸切、あたりを一周したけれど、ほとんどのタイムパーキングが満車だった。

だめだった。奇跡は起こらなかった。
途中、二回ほど、バギーで箱乗りをして「ここは何処?」と興味をしめしたけれど、降ろしてみると、歩かなかった。

目は、完璧に見えていなかった。
一週間前、代々木公園を楽しそうに歩いていたのに…。

悲しさは口に出さず、greは、「気分転換になったかな?」と言った。

雨続きだった。そして、その雨の間に柚子の視力が奪われた。

食欲はあった。
おやつのケーキや夕方するチューインガムも口に放り込むと食べた。

今日は外出することもあって安定剤は一回パスしたのに、夕食もしっかり食べた。
食欲は、安定剤の副作用だけではないのかもしれない。
でも、食べてくれることは、有り難い。
これが今は命の綱だから…。

夕方、散歩に連れて出たが、やはり用を済ませた後は一歩たりとも前進しなかった。
並びにある会館前のベンチで抱っこして座っていた。


6月1日月曜日
 ベッドは血だらけだった。
目が見えなくても移動はしているようだった。染みからわかった。

朝の散歩、私がもたもたとしていたからだろう。
抱っこの手から降ろした瞬間、玄関前でオシッコしてしまった。
たぶん、お外に降ろしてもらったと勘違いしたんだと思う。

バギーから降ろした1回目、前進しなかった。
2回目、昨日一回も出なかったウンチをしてくれた。
それだけでも、気持ちが楽になった。

一昨日から自分で水呑場へ行くことができなくなった。
目が見えず、その場所まで行くことができない。シリンジで、こまめにあげることにした。
ふと、先々代チャイカ(アフガンハウンド)が老衰で寝たきりになった時、水をどうやってあげていたのだろうと思った。
思い出せない…。
きちんとあげていたんだろうか?

チャイカの場合、序々にやって来た老いだった。
そのたびに起こったことに驚いたりしながら、対応を考えていたんだと記憶している。
自然な形でやってきた。

それは、こんなに切なかっただろうか?
常に見ているからなのだろうか?
近い存在を失った経験が積み重なったからだろうか?
動物の死は必ずやってくるけれど、その経過を見る辛さや喪失感は、その思いの深さなんだろうか?

犬としてお散歩ができないこと。悔しいに違いない。
でも、今の状況、受け入れるしかない。
落ち着いて、眠ってくれているのだから、それでいいと思おう。
老衰と違って、口中から出血はあるし、鼻粘液は絶えず出ているけれど、苦しくて耐えているという様子ではない。

甘夏のシーズンが終わったけれど、毎日大量の洗濯に午前中を費やす。
鼻粘液や出血は落ちない汚れで、洗濯機にぶち込む前に、手洗いが必要なので時間がかかる。
おかげで爪ものびない。

2回目のお散歩が遅くなった。
今日は別に行くことにした。
まず、かぼすと甘夏を連れて行く。
最近、甘夏は、場所を選ばず用を済ますようになった。
大人になったんだなぁと実感する。
以前は、とにかく自分の居心地の良い場所でしかしなかったので、コースを考えて歩いていた。
今は行ってあげたいところへ行ける。
柚子が病気の間に成長した…。

かぼすと甘夏を連れて出る時、柚子に「待っててね」と、そう声をかけて出たが、ちょっぴり心配だった。
目が見えていた時、柚子を置いていくと、必ず所定の場所に出てきていた。

我が家は二世帯住宅で、二階が居住部分。
玄関から階段を上がる途中がガラス張りなので、ウチのコ達の様子が階段を上がっている時に見える。ウチのコ達もそれがわかっているので、そのガラスを覗き込むようにそこで迎えに出る。
柚子は今日、そこにいなかった。

怪我でもしていたらどうしようと恐る恐る扉を開けると、自分の寝ているマットから5歩くらい前進していた。
きっと、そこにたどり着こうと思ったんだろう。
けれど、あたりは暗闇で、動くことができなかったんだ。
不安だったに違いない。

目のこと。歩くこと。あきらめるのはまだ早いと思った。
一駅先に用事があったので、バギーで柚子を連れて行くことにした。
途中の公園で歩かせてみようとも思った。

大好きな商店街。
反応はなかった。
箱乗りもしなかった。

公園で降ろした。
5歩位歩いた。
何べんか。

公園に子供連れの方がいた。
滑稽に見えたに違いない。
犬相手に、
「慌てなくていいよ~。まっすぐ、はい、前進前進…」なんて言っているのだから…。

でも声をかけられた。
「年寄りなんで~」そう言うと、優しく「ウチの子供も歩いては止まっての繰り返しですよ~」と返してくれた。

帰り際、もう一度、緑道で降ろしてみた。
少し前進した。

夕方の散歩はどうしよう。
今まで通り、柚子を抱っこで、3頭で行こうか。
置いて出て寂しい思いをさせるよりも今は、辛いかもしれない抱っこの散歩をしてみようと思った。

目が見えなくても、外の空気や匂い、明るさを感じる。
そういうことだけでもいいではないか。

夕方、抱っこのまま、降りたいという意思表示はまったくなかった。
でもウンチだけはtryしたいからと、雑草が一面に広がっている空き地で降ろしてみた。
地面が土だと安心なのか?10歩歩いた。
そしてウンチをした。

用を済ませた後は、動かなかった。
抱っこして家まで戻った。


  

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