◆お稽古のお菓子◆


2008年11月8日

緑屋老舗”栗金飩” 塩野”武蔵野”

11月は開炉の月。
茶人に取って「茶人の正月」とも言われる、大変大きな節目の月だそうです。
開炉は現今では、一般的に、11月最初の亥の日に炉開きをし、ぜんざいや亥の子餅で祝います。
また、この月は「口切り」といわれ、茶壺の封を切り、今年の新茶を賞味する節目の月でもあります。

お道具では、古来より三部、
すなわち『新瓢のふくべ』、『織部』、『伊部(備前)』の3点を取り入れながら
正月と同じく、松竹梅や、松菊などお目でたいものに加え、
『柚や橙』、『柿』、『紅葉』、『銀杏』などの季節感を添えたものを、取り合わせるといいます。


2008.11.8  岐阜 緑屋老舗 ”栗金飩”

美濃地方で最初に栗きんとんを作り始めた八百津町の緑屋老舗の栗きんとんは、
私の茶道の先生の、お奨めの逸品です。

岐阜の栗きんとん屋さんは数々ありますが、緑屋老舗が製造したのが最初と言われています。
その後、木曽路への玄関口である中山道の中津川宿・大井宿方面に伝わり、
製造販売されるようになって、世に広く知られるようになったそうですが、
現在は中津川市・恵那市が主で、両市内には栗きんとんを製造する和菓子屋が軒を連ね、
「すや」「川上屋」「新杵堂」が製造・販売する店としてよく知られています。

緑屋老舗は、水と緑に囲まれた岐阜八百津で店を構えており、
約80mから汲み上げる地下水をはじめ素材にこだわりの和菓子造りをしているそうです。
明治5年創業以来、130余年の歴史があります。
「栗きんとん」は、500年の歴史をもつ、武蔵ゆかりの禅寺大仙寺の住職の助言をうけ、
3代目翠翁が美濃国(岐阜県)で最初に創製したそうです。
当時は栗の収穫も今日ほど多くなく、集めるのに大変苦労したようです。
その後、栗きんとんは中津川方面に伝わり、今日のようにひろく知られるようになったということです。

その緑屋老舗自慢の栗きんとんは、その年にとれた厳選した八百津近隣の栗を使い
無造作に荒っぽく砕いて、少量の砂糖を加え、餡にあっさり炊き上げてあるといいます。
大きさは、ちょうど栗ひとつ分くらいの大きさで、自然な淡黄色に仕上げ、茶巾しぼりにされています。
一つ一つ手絞りで仕上げられ、雑味のない栗そのもののお味は、
シンプルすぎる原材料で作られるので、
素材の良し悪し、そして職人の技がストレートに表れるお菓子でもあります。


岐阜 緑屋老舗 ”栗金飩”は、楽天で購入できます。



2008.11.8 東京赤坂 塩野 ”武蔵野”


菓子司 塩野の11月の季節の上生菓子は13種類。
お取り扱いは、日にちによって異なります。

8日の茶席で頂いたお菓子は、”武蔵野”という菓銘。
11月の紅葉をイメージしたもので、地名から取ったというお話でした。

”深山路”という銘で販売されているものと似ていますが、こちらは三層仕立て。
”武蔵野”はお茶会用に特別に作られたお菓子のようです。

上は浮島生地。下は羊羹のようです。
重ねて秋の山を表現したものですね。

ふかふかしているのですが、生地に漉し餡が入っている浮島は適度な重さがあります。

”浮島(うきしま)”は餡、砂糖、小麦粉に卵が材料です。
卵は卵黄と卵白に分け、卵黄には餡を混ぜ、卵白は砂糖でメレンゲを作ります。
その両方をあわせ、最後に小麦粉を加えて枠に流した後、蒸すという作り方ですが、
洋菓子のスポンジのようですね。
スポンジと違うところは、餡がはいっているところ。そのため、しっとりとした仕上がりなのでしょうか?

”浮島”とは、湖沼の水面を、漂流している小さな島のこと。 
これが岸に漂着したり、湖底の泥が浮き上がったり、
あるいは、水深の浅い湖底に接して、決して動かなくなるような様を表現したものです。 
最初に作られた時は、生地の上に胡桃を散らしていて、
その風情を”浮島”に見立てて名づけられたといいます。
製法は、蒸しカステラの生地に、餡を混ぜたのが、始まり…と言われているそうです。





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